威勢のある声とともに立ち上った。
 そして、私のあとから湯槽へはいって来て、
「ひょっとしたら、ここへ来やはるやろ思てました」
 と、ひどく真面目な表情で言った。それでは、ここで私を待ち伏せていたのかと、返事の仕様もなく、湯のなかでふわりふわりからだを浮かせていると、いきなり腕を掴まれた。
「彼女はなんぞ僕の悪ぐち言うてましたやろ?」
 案外にきつい口調だった。けれど、彼女という言い方にはなにか軽薄な調子があった。
「いや、べつに……」
「嘘言いなはれ。隠したかてあきまへんぜ。僕のことでなんぞ聴きはりましたやろ。違いまっか。僕のにらんだ眼にくるいはおまっか。どないだ(す)? 聴きはれしめへんか。隠さんと言っとくなはれ」
 ねちねちとからんで来た。
 私は黙っていた。しかし、男は私の顔を覗きこんで、ひとりうなずいた。
「黙ったはるとこ見ると、やっぱり聴きはったんやな。――なんぞ僕のわるいことを聴きはったんやろ。しかし、言うときまっけどね。彼女の言うことを信用したらあきまへんぜ。あの女子《おなご》は嘘つきですよってな。わてはだまされた、わては不幸な女子や、とこないひとに言いふらすのが彼女の
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