た。
いつか狭霧が晴れ、川音が陽の光をふるわせて、伝わって来た。女のいかつい肩に陽の光がしきりに降り注いだ。男じみたいかり肩が一層石女を感じさせるようだと、見ていると、突然女は立ちすくんだ。
見ると隣室の男が橋を渡って来るのだった。向うでも見つけた。そして、いきなりくるりと身をひるがえして、逃げるように立ち去ってしまった。ひどくこせこせした歩き方だった。それがなにかあわれだった。
女は特徴のある眇眼を、ぱちぱちと痙攣させた。唇をぎゅっと歪めた。狼狽をかくそうとするさまがありありと見えた。それを見ると、私もまた、なんということもなしに狼狽した。
やがて女は帯の間へさしこんでいた手を抜いて、不意に私の肩を柔かく敲いた。
「私を尾行しているのんですわ。いつもああなんです。なにしろ、嫉妬《りんき》深い男ですよって」
女はにこりともせずにそう言うと、ぎろりと眇眼をあげて穴のあくほど私を見凝めた。
私は女より一足先に宿に帰り、湯殿へ行った。すると、いつの間に帰っていたのか、隣室の男がさきに湯殿にはいっていた。
ごろりとタイルの上に仰向けに寝そべっていたが、私の顔を見ると、やあ、と妙に
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