「お散歩ですの?」
 女はひそめた声で訊いた。そして私の返事を待たず、
「御一緒に歩けしません?」
 迷惑に思ったが、まさか断るわけにはいかなかった。
 並んで歩きだすと、女は、あの男をどう思うかといきなり訊ねた。
「どう思うって、べつに……。そんなことは……」
 答えようもなかったし、また、答えたくもなかった。自分の恋人や、夫についての感想をひとに求める女ほど、私にとってきらいなものはまたと無いのである。露骨にいやな顔をしてみせた。
 女はすかされたように、立ち止まって暫らく空を見ていたが、やがてまた歩きだした。
「貴方《おうち》のような鋭い方は、あの人の欠点くらいすぐ見抜ける筈でっけど……」
 どこを以って鋭いというのかと、あきれていると、女は続けて、さまざま男の欠点をあげた。
「……教養なんか、ちょっともあれしませんの。これが私の夫ですというて、ひとに紹介も出来《でけ》しませんわ。字ひとつ書かしても、そらもう情けないくらいですわ。ちょっとも知性が感じられしませんの。ほんまに、男の方て、筆蹟をみたらいっぺんにその人がわかりますのねえ」
 私はむかむかッとして来た、筆蹟くらいで、人
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