間の値打ちがわかってたまるものか、近頃の女はなぜこんな風に、なにかと言えば教養だとか、筆蹟だとか、知性だとか、月並みな符号を使って人を批評したがるのかと、うんざりした。
「奥さんは字がお上手なんですね」
しかし、その皮肉が通じたかどうか、顔色も声の調子も変えなかった。じっと前方を見凝めたまま相変らず固い口調で、
「いいえ、上手と違いますわ。この頃は気持が乱れていますのんか、お手が下ったて、お習字の先生に叱られてばっかりしてますんです。ほんまに良い字を書くのは、むつかしいですわね。けど、お習字してますと、なんやこう、悩みや苦しみがみな忘れてしまえるみたい気イしますのんで、私好きです。貴方なんか、きっとお習字上手やと思いますわ。お上手なんでしょう? いっぺん見せていただきたいわ」
「僕は字なんかいっぺんも習ったことはありません。下手糞です。下品な字しか書けません」
しかし、女は気にもとめず、
「私、お花も好きですのん。お習字もよろしいですけど、お花も気持が浄められてよろしいですわ。――私あんな教養のない人と一緒になって、ほんまに不幸な女でしょう? そやから、お習字やお花をして、慰めるよ
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