た。
「あかん。今夜中に書いて貰わんと、雑誌が出んですからね。あんたの原稿だけなんだ」
「火野はまだだろう?」
「いや、今着きましたよ」
「丹羽君は……?」
「K君がとって来た。百枚ですよ」
「じゃ、僕のは無くてもいけるだろう。来月にのばしちゃえよ」
「だめ! あんたが書くまで、僕は帰らんからね」
「泊り込みか。ざまア見ろ」
 Aさんは笑いながら出て行った。
「書きゃいいんだろう、書きゃア」
 武田さんはAさんの背中へ毒づいていたが、やがて机の上にうつ伏したかと思うと、鼾をかき出した。
 死んだような寝顔だったが、獣のような鼾だった。
 ところが、半時間ばかりたつと、武田さんははっと眼を覚して、きょとんとしていたが、やがて何思ったのか、白紙のままの原稿用紙を二十枚ばかり封筒に入れると、
「さア、行こう」
 と、起ち上って出て行った。随いて行くと、校正室へはいるなり、
「出来た!」
 と、封筒をAさんに突き出して、
「――出来たらいいんだろう。あとは知らねえよ。エヘヘ……」
 不気味に笑っていた。
「どうもお骨折りでした」
 Aさんはにこにこして、封筒の中から原稿を取り出そうとした。
 
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