てしまった。
 そして、新しい紙にへのへのもへのを書きながら、
「書きゃいいんだろう。書きゃ……」
 と、ひとり言を言っていた。書き悩んでいるというより、どうしても書きたくないと、駄々をこねているみたいだった。
 Aさんがはいって来た。
「どうです。書けましたか」
「書けるもんか。ビールがあれば書けるがね。――たのむ、一本だけ!」
 指を一本出して、
「――この通りだ」
 手を合わせた。
「だめ、だめ! 一滴でもアルコールがはいったら最後、あなたはへべれけになるまで承知しないんだから折角ひっくくって来たんだから、こっちはあくまで強気で行くよ。その代り、原稿が出来たら、生ビールでござれ、菊正でござれ、御意のままだ。さア、書いた、書いた」
「一本だけ! 絶対に二本とは言わん。咽が乾いて困るんだ。脳味噌まで乾いてやがるんだ。恩に着るよ。たのむ! よし来たッといわんかね」
「だめ!」
「じゃ、十分だけ出してくれ、一寸外の空気を吸って来ると、書けるんだ。ものは相談だが、どうだ。十分! たった十分!」
「だめ! 出したら最後、東西南北行方知れずだからね、あんたは」
「あかんか」
 大阪弁になってい
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