途端に武田さんは私の手を引っ張って、エレヴェーターに乗った。
 白紙の原稿を見たAさんがあっと驚いた時は、エレヴェーターは動いていた。
「あれ、あれッ!」
 Aさんの声はすぐ聴えなくなった。
 エレヴェーターを降りると、武田さんはさア逃げようと尻をまくって、はしった。そして、どこをどうはしったか、やっとおでん屋を見つけて、暖簾をくぐると、
「ビール! ビール!」
 腰を掛ける前から呶鳴《どな》っていた。
 一本のビールは瞬く間だった。
「うめえ、うめえ、これに限る」
 二本目のビールを飲み出した途端、Aさんがのそっとはいって来て、ものも言わず武田さんの傍に坐った。
 武田さんはぎょっとしたらしかったが、急にあきらめたように起ち上り、
「勘定!」
 袂へ手を突っ込んだが、財布が見つからぬらしい。
「――おかしいね。落したのかな」
 そう言いながら、だんだん入口の方へ寄って行ったかと思うと、いきなり逃げ出した。
「あッ! こらッ武麟」
 Aさんはあわててあとを追った。
 私はぽかんとして、二人のあとを見送っていた。暫く待っていたが、二人は帰って来なかった。
 それから二週間ばかりして、改造
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