ると雑誌や新聞の記者がぞくぞくと詰めかけて来て、八畳の部屋が坐る場所もないくらいになった。彼等は居心地が良いのか、あるいは居坐りで原稿を取るつもりか、それとも武田さんの傍で時間をつぶすのがうれしいのか、なかなか帰ろうとせず、しまいには記者同志片隅に集って将棋をしたり、昼寝をしたりしていた。
 武田さんはそれらの客にいちいち相手になったり、将棋盤を覗き込んだり、冗談を言ったり、自分からガヤガヤと賑かな雰囲気を作ってはしゃぎながら、新聞小説を書いていたが、原稿用紙の上へ戻るときの眼は、ぞっとするくらい鋭かった。
 書き終って、新聞社の使いの者に渡してしまうと武田さんはほっとしたように机の上の時計を弄んでいた。机の上には五六個の時計があった。一つずつ手に取って黙々とネジを巻いているその手つきを見ていると、ふと孤独が感じられた。
 一つ風変りな時計があった。側は西洋銀らしく大したものではなかったが、文字盤が青色で白字を浮かしてあり、鹿鳴館時代をふと思わせるような古風な面白さがあった。
「いい時計ですね。拝見」
 と、手を伸ばすと、武田さんは、
「おっとおっと……」
 これ取られてなるものかと、
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