のせて腹ばいのまま仕事していた武田さんはむっくり起き上って、机のうしろに坐ると、
「いつ大阪から来たの? 藤沢元気……? 大阪はどう? 『カスタニエン』という店知ってる?」
などときいたあと、いきなり、
「――僕が大阪にごろごろしてた時の話だが……」
と、この話をしたのである。
そして、自分からおかしそうに噴きだしてのけ反らんばかりにからだごと顔ごとの笑いを笑ったが、たった一つ眼だけ笑っていなかった。そこだけが鋭く冷たく光っていた。
私もゲラゲラと笑ったが、笑いながら武田さんの眼を見て、これは容易ならん眼だと思った。その眼は稍《やや》眇眼《すがめ》であった。斜視がかっていた。だから、じっとこちらを見ているようで、ふとあらぬ方向を凝視している感じであった。こんな眼が現実の底の底まで見透す眼であろうと、私は思った。作家の眼を感じたのだ。
ちょっと受ける感じは、野放図で、ぐうたらみたいだが、繊細な神経が隅々まで行きわたっている。からだで掴んでしまった現実を素早く計算する神経の細かさ――それが眼にあらわれていると思った。
その部屋には、はじめは武田さんと私の二人切りだったが、暫くす
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