一代に通っていた中島|某《ぼう》はA中の父兄会の役員だったのだ。寺田は素行不良の理由で免職になったことをまるで前科者になってしまったように考え、もはや社会に容《い》れられぬ人間になった気持で、就職口を探しに行こうとはせず、頭から蒲団《ふとん》をかぶって毎日ごろんごろんしていた。夜、一代の柔い胸の円みに触《ふ》れたり、子供のように吸ったりすることが唯一《ゆいいつ》のたのしみで、律義な小心者もふと破れかぶれの情痴《じょうち》めいた日々を送っていたが、一代ももともと夜の時間を奔放《ほんぽう》に送って来た女であった。肩《かた》や胸の歯形を愉《たの》しむようなマゾヒズムの傾向《けいこう》もあった。壁《かべ》一重の隣家を憚《はばか》って、蹴上《けあげ》の旅館へ寺田を連れて行ったりした。そんな旅館を一代が知っていたのかと寺田はふと嫉妬《しっと》の血を燃やしたが、しかしそんな瞬間の想いは一代の魅力《みりょく》ですぐ消えてしまった。
ある夜、一代は痛いと飛び上った。驚いて口をはなし、手で柔く押《おさ》えると、それでも痛いという、血がにじんでも痛いとは言わなかった女だったのに、妊娠《にんしん》したのかと
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