したら、私にもして下さい。メタボリンは脚気にいいんでしょうと腕をまくった。寺田はむっちりしたその腕へプスリと針を突き刺した途端一代の想いがあった。針を抜くと、女中は注射には馴れているらしく、器用に腕を揉《も》みながら、五番の客が変なことを言うからお咲《さき》ちゃんに代ってもらっていいことをしたという言葉を聴いて、はじめて女中が変っていたことに気がついたくらい寺田はぼんやりしていた。男前だと思って、本当にしょっているわ。寺田の眼は急に輝《かがや》いた。あの男だ。あの男がこの女中を口説こうとしたのだ。寺田は何思ったか、どうだ、もう一本してやろうか。メタボリン……? いや、ヴィタミンCだ。Cっていいんですか。Bよりいいよと言いながら、しかし注射器にはひそかにロンパンを吸い上げた。
女中は急に欠伸《あくび》をして、私眠くなって来たわ、ああいい気持、体が宙に浮《う》きそう、少しここで横にならせて下さいね。蒲団の裾《すそ》を枕《まくら》にすると、もう前後不覚だった。二時間ばかり経《た》って、うっとりと眼をあけた女中は、眠っていた間何をされたかさすがに悟《さと》ったらしかったが、寺田を責める風もな
前へ
次へ
全29ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング