葉書が来た。看護婦が銭湯へ行った留守中で、寺田が受け取って見ると「明日《あす》午前十一時、淀《よど》競馬場一等館入口、去年と同じ場所で待っている。来い。」と簡単な走り書きで、差出人の名はなかった。葉書|一杯《いっぱい》の筆太《ふでぶと》の字は男の手らしく、高飛車《たかびしゃ》な文調はいずれは一代を自由にしていた男に違いない。去年と同じ場所という葉書はふといやな聯想《れんそう》をさそい、競馬場からの帰り昂奮を新たにするために行ったのは、あの蹴上の旅館だろうかと、寺田は真蒼になった。一代に何人かの男があったことは薄々《うすうす》知っていたが、住所を教えていたところを見ればまだ関係が続いているのかと、感覚的にたまらなかった。寺田はその葉書を破って捨てると、血相を変えて病室へはいって行った。しかし、一代は油汗を流してのたうち廻っていた。激痛の発作がはじまっていたのだ。寺田はあわててロンパンのアンプルを切って、注射器に吸い上げると、いつもの癖で針の先を上向けて、空気を外に出そうとしたが、何思ったのかふと手を停《と》めると、じっと針の先を見つめていた。注射器の中には空気のガラン洞《どう》が出来てい
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