もって哀《あわ》れなる二十六歳の女の子宮癌を救いたまえと、あらぬことを口走りながらお百度を踏《ふ》んだ帰り、参詣道《さんけいどう》で灸《きゅう》のもぐさを買って来るのだった。それでも一代の激痛は収まらず、注射の切れた時の苦しみ方は生きながらの地獄《じごく》であった。ロンパンがなくなったと気がついて、派出看護婦が近くの医者まで貰いに走っている間、一代は下腹をかきむしるような手つきをしながら、唇《くちびる》を突き出し、ポロポロ涙《なみだ》を流して、のた打ち廻るのだ。世の中にこんな苦痛があったのかと、寺田もともにポロポロ涙を流して、おろおろ見ている。一代は急に、噛《か》んで、噛んで! と叫《さけ》んだ。下腹の苦痛を忘れるために、肩を噛んでもらいたいのだろう。寺田はガブリと一代の肩にかぶりついた。かつては豊満な脂肪《しぼう》で柔かった肩も今は痛々しいくらい痩せて、寺田は気の遠くなるほど悲しかったが、一代ももう寺田に肩を噛まれながら昔《むかし》の喜びはなく、痛い痛いと泣く声にも情痴の響《ひび》きはなかった。やっと看護婦が帰って来たが、のろまな看護婦がアンプルを切ったり注射液を吸い上げたり、腕《う
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