に、――今だから白状するが、――おれは突然変な気を起し、いきなり手を握ろうと、……想えば、莫迦莫迦しいことだった。その時、何故、そんな気を起したのか、その瞬間、お千鶴が大変醜く見えた。そのせいだったかも知れない。いや、それにちがいあるまい。何故なら、これまでそうしようと思えば、随分機会があったのに、あとにも先にもたった一度、よりによってその時だけ、そんな気になったのだから……。
お千鶴はおどろいて、おれの手を振りはらい、
「――転合《てんご》しなはんな」
と、言って、あわてて帰って行ったが、むやみに尻を振り立てたその後姿が一層醜く見え、もうそれはおれの変な気持をそそるのを通り越した、むくつけき感じだったから、以後、おれもそんな振舞いに出るようなことはなかった。
ところで、お前は妾のことをお千鶴に嗅ぎつけられても、一向平気で、それどころか、霞町の本舗でとくに容姿端麗の女事務員を募集し、それにも情けを掛けようとした。まず、手始めに広告取次社から貰った芝居の切符をひそかにかくれてやったり、女の身で必要もない葉巻を無理にハンドバックの中へ入れてやったり、機嫌をとっていた。
それを察した
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