…」
と、まるで、それがおれのせいかのように、おれに食って掛った。随分迷惑な話だったから、
「――まあ、そう怒りなさんな。怒る方が損だよ。あんたも川那子がどんな男か知ってる筈だ。これが、普通の男なら、おれもあの女だけはよせと忠告するところだが、相手が川那子だから、言っても無駄だと思って黙っていたんだよ」
とかなり手きびしく皮肉ってやったが、お千鶴は亭主のお前によりも、従妹にかんかんになっていたので、おれの言うことなど耳にはいらず、それから二三日経つと、従妹のところへ、血相かえて怒鳴りこみに行った。
口あらそいは勿論、相当はげしくつかみ合った証拠には、今その帰りだといって、おれの家へ自動車で乗りつけた時は、袖がひき千切れ、髪の毛は浅ましくばらばらだった。眇眼《すがめ》の眼もヒステリックに釣り上がって、唇には血がにじんでいた。
「――これがおれの惚れていた女か」
と、そんなお千鶴の姿ににわかにおれはがっかりしたが、ふと連想したことがあったので、
「――お千鶴さん、困るね。そんな恰好で来られては、だいいち、人に見られた場合、何とあやしまれても、弁解の仕様はあるまいよ」
言うている内
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