肺病です。……あきれたでしょうがな」
「――あきれた」
 かつて灸婆をつかって病人相手の商売に味をしめた経験から、割り出してのことだろうと、思わず微笑させられたが、同時にあきれもした。
 むかし道修町の薬問屋に奉公していたことがあるというし、また、調合の方は朝鮮の姉が肺をわずらって最寄りの医者に書いてもらっていた処方箋《しょほうせん》を、そっくりそのまま真似てつくったときくからは、一応うなずけもしたが、それにしてもそれだけの見聞でひとかどの薬剤師になりすまし、いきなり薬屋開業とは、さすがにお前だと、暫らく感嘆していた。
 それと、もうひとつあきれたのは、お前の何ともいえぬ薄汚い恰好、そして自身でその薬の広告チラシを配っていることだった。が、この事情は「真相をあばく」に詳しい。

 ――朝鮮を食い詰めて、お千鶴を花街に残したまま、再び大阪へ舞い戻って来た丹造は、妙なヒントから、肺病自家薬の製造発売を思い立ち、どう工面して持って来たのか、なけなしの金をはたいて、河原町に九尺二間の小さな店を借り入れ、朝鮮の医者が書いた処方箋をたよりに、垢《あか》だらけの手で、そら豆のような莫迦に大きな、不恰
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