好《ぶかっこう》な丸薬を揉《も》みだした。
 そして、肺病とはこんな大きな玉を頬ばらねばならぬものかと、患者が迷惑するだろうなどとは考えず、如何にすればこれが売れるだろうかと、ただもうそればかり頭をひねった。薬の原価代を払ったあと、殆んど無一文の状態で、今日つくった丸薬を今日売らねば、食うに困るというありさまだった。
 新聞広告代など財布を叩き破っても出るわけはなく、看板をあげるにもチラシを印刷するにもまったく金の出どころはない。万策つきて考え出したのが手刷りだ。
 辛うじて木版と半紙を算段して、五十枚か百枚ずつ竹の皮でこすっては、チラシを手刷りした。が、人夫を雇う金もない。已むなく自ら出向いて、御霊神社あたりの繁華な場所に立って一枚一枚通行人に配った。そして、いちはやく馳《は》せ戻り、店に坐って、客の来るのを待ち受けるのだった。しかし、たいして繁昌《はや》りもしなかった……。

 繁昌らぬのも道理だ。家伝薬だというわけではなし、名前が通っているというわけでもなし、正直なところ効くか効かぬかわからぬような素人手製の丸薬を、裏長屋同然の場所で売っていて誰が買いに来るものか。
 無論、お前
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