鉱区を買ったものの、ここでも未だ運は向かなかったらしい。
お前が大阪から姿を消してしまってから二年ばかり経ったある日、御霊《みたま》神社の前を歩いていると、薄汚い男がチラシをくれようとした。
どうせ文楽の広告ビラだろうくらいに思い、懐手《ふところで》を出すのも面倒くさく、そのまま行き過ぎようとして、ひょいと顔を見ると、平べったい貧相な輪郭へもって来て、頬骨だけがいやに高く張り、ぎょろぎょろ目玉をひからせているところはざらに見受けられる顔ではない――すぐお前だとわかった。倭小な体躯《たいく》を心もち猫背にかがめているのも、二年前と変らぬお前の癖だった。
「こいつ奴!」
と、思わず出掛った言葉に代る「よう!」という声をいっしょにあわててチラシをうけとったが、それは見ずに、
「どうしてたんだい? 妙なところで会うね」
チラシ撒きなんぞに落ちぶれてしまったかと、匂わせながら言うと、案外恥じた容子も見せずに、酒蛙酒蛙《しゃあしゃあ》と、
「――いや、どうもすっかり御無沙汰しまして……。いつぞやは、飛んだ御迷惑を……」
と、それで、湯崎の一件を済して置いて、言葉を続け、
「――実は、あれ
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