見るなり、おれは、こともあろうに損害賠償とはなんだ、折角これまで尽して来てやったのに……と、直ぐ呶鳴り込んでやろうと思ったが、莫迦莫迦《ばかばか》しいから、よした。実際、腹が立つというより、おかしかったのだ。五十円とはどこから割り出した勘定だろうと一寸考えて、なるほど、罰金の額から、印刷費の残りを引いたのが五十円だなとわかると、おれは正直な話、噴きだしたくらいだ。阿呆らしくて、怒りも出来なかったのだ。それに、おれの方にも、案外呶鳴り込みに行けない弱味があった。と、いうのは外でもない。何も廃刊させようと思って、あんな危い記事を書いたわけではないが、しかし、ひそかにお前の失脚を希《ねが》う気持がなかったとは、言えなかったからだ。だから、廃刊になってみるとざまあ見ろと、おれは些か良い気持だったのだ。
 何故、そんな気持を抱いたのか。今だからこそ白状するが、原因はお千鶴だ。と、こう言えば、お前はびっくりするだろうが、当時おれもまだ三十七歳、若かった、惚れていたのだ。
 ところが、この博労《ばくろう》町の金米糖《こんぺいとう》屋の娘は余程馬鹿な娘で、相手もあろうにお前のものになってしまった。それ
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