も蓼《たで》食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘言に、うかうか乗ってしまったのだ……と、判った時は、おれは随分口惜しかった。情けなかった。
 あとからは知らず、最初お千鶴はお前になんか一寸も惚れていなかったのだ。その証拠に……と言うのは、ひどく理詰めな言い方だが、お千鶴はおれに惚れていたのだ。いや、少なくとも、おれはそううぬぼれていた。その眼付きが証拠だと信じていた。もっともお千鶴は美人は美人にしろ、一等には少し無理かと思えるほどの眇眼《すがめ》で、本当はおれの思いちがいだったかも知れないが、とにかくお前よりはおれの方が好かれていたことだけは、たしかだ。
 それを、お前に、いやな言い方をすると、横取りされてしまったのだ。それもほかの理由でならともかく、おれが、大阪弁で言うと、「阿呆《あほ》の細工に」考えだした美人投票が餌になったのだから、いってみれば、おれは呆れ果てたお人善し、上海まで行き、支那人仲間にもいくらか顔を知られたというおれが、せっせっと金米糖の包紙を廉い単価で印刷してやっていたこ
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