も、新しい弟子が来ると、誰彼の見境いもなしに灸をすえてやろうと、執拗《しつこ》く持ちかけるからで、病気ならともかく、若い娘の身で、むやみに灸の跡をつけられてはたまったものではないと、たいていの娘は「高い山から」をすまさぬうちに、逃げてしまうのだった。おかね婆さんは昔灸婆をしていたこともあり、弟子を掴まえてそんな風に執拗く灸をすすめるのも、月謝のほかに十銭、二十銭余分の金を灸代として取りたい胸算用だから……と、専らの評判をいつか丹造もきき知っていたのである。
 その日、路地へ帰ると、丹造は早速おかね婆さんを掴まえて、
「――実はおまはんを見込んで、頼みがある」
 金儲《かねもう》けだときかされると、途端におかね婆さんは歯ぐきを出して、にこにこし、つまりは何の造作もなく説き伏せられてしまった。
 だが、さて、どんな風に実行に移したものかという段になると、丹造にはからきし智慧もなく、あくまで相棒が要った。いいかえれば、再び古座谷某の智慧が必要だった……。
 あきれた。いや、正直なところ、以前のことなぞ忘れた顔で、よくもぬけぬけおれのところへやって来られたものだと、さすがのおれもあきれた。が、それよりも、
「――ひとつ社会奉仕をしてみようと思うんですよ」
 と、いけ酒蛙酒蛙《しゃあしゃあ》と言ったのには、一層あきれてしまった。
 何が社会奉仕なもんか。いってみれば、施灸《せきゅう》巡業で一儲けしようというだけの話じゃないか。一里八銭の俥よりも、三里の灸銭の方がぼろい……と言えば、済むところを、社会奉仕とは、どこを押せば、そんな音が出るのだと、おれはおかしかったが、そういうおれもおれで、話をきくなり、
「――よし、来た」
 と、ひどく弾んで、承諾してしまったのだから、世話はない。
 普通なら、横面のひとつも撲りつけてから、
「――お前のような奴の片棒をかつぐのは、もう御免だよ」
 と、断るところだ。それを、そんな風にあっさり引き受けてしまったのは、欲から出たことだ……と、思われたくない。事実またそんな気はなかった。
 いかにおれの精神が腐っていたからといって、まさか恋敵のお前を利用して、金銭欲を満足させようなどとは、思いも寄らぬ、実はそれと反対、恋敵のお前に儲けさせてやりたい気持だった。この気持はそのまま、お千鶴に貧乏の苦労をさせたくないという、われながらいじらしい気持と通ず
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