勧善懲悪
織田作之助
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)縮《ちぢみ》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)代々|鎗《やり》一筋の家柄で
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]
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一
ざまあ見ろ。
可哀相に到頭落ちぶれてしまったね。報いが来たんだよ。良い気味だ。
この寒空に縮《ちぢみ》の単衣《ひとえ》をそれも念入りに二枚も着込んで、……二円貸してくれ。見れば、お前じゃないか。……声まで顫《ふる》えて、なるほど一枚ではさぞ寒かろうと、おれも月並みに同情したが、しかし、同じ顫えるなら、単衣の二枚重ねなどという余り聴いたことのないおかしげな真似は、よしたらどうだ。……それに、二円貸せとは、あれは一体なんだ? 同じことなら、二千円貸せ……と、大きく出るんだね。だいいち、その方がお前らしいよ。
もともとヤマコで売っていたお前の、そんな惨めな姿を見ては、いかな此のおれだって、涙のひとつも……いや、出なんだ。出るもんか。……随分落ちぶれたもんですね、川那子《かわなご》さん、ざまあ見ろ。ああ、良い気味だ……と、嗤《わら》ってやった。驚きもしなんだ。なに、驚くもんか。判っていたんだ。こう成るとは、ちゃんと見通していたのだ。
良いか。言ってやるぞ。……お前から手を引いた時、おれは既にお前の「今日ある」を予想していたのだ。だからこそ、手を引いた。お前の方では、おれを追い出してやったと、思っているらしいが、違う。おれの方から見限ったのだ。……あいつはもう駄目だと、愛想を尽かしたのだ。いまに落ちぶれやがるだろうと胸をわくわくさせて、この見通しの当るのを、待っていたのだ。案の定当った。ざまあ見ろ。
ところで、いま、おれが使った此の「今日ある」という言葉を、お前は随分気に入って、全国支店長総会なんかで、やたらに振りまわしていたね。そんな時、お前は自分ひとりの力で、「今日ある」をもたらしたような口利いていたが、聴いていて、おれは心外……いや、おかしかった。なにが、お前ひとりの力で……。いまとなっては、いかな強情なお前も認めるだろうが、みなおれの力だった……。例えば、支店長募集のあの思いつき
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