場でござるか。いやいや、感服致した。寺院なれば葬式の手間もはぶけて、手廻しのよいことでござるわい」
「…………」
相手はあっけにとられていた。
「したが、それがし目下無一文にて、回向料の用意もしておらぬ故、今ここで死ぬというわけには参りませぬて。あはは……」
「何ッ!」
坊主はかんかんになって、起ち上った。
「あはは……。薬鑵《やかん》頭から湯気が出ているとは、はてさて茶漬けの用意でござるか。ても手廻しのよい」
「黙れ!」
坊主は真槍をしごくと、
「――えい!」
と、佐助の胸をめがけて、突き出した。
途端に、佐助の姿は消えていた。
「やや、こ奴魔法つかいか。いきなり見えなくなったとは、面妖な」
と坊主は驚いたが、すぐカラカラと笑うと、
「いやそうではあるまい。大方、愚僧の槍に突かれて、猿沢の池あたりまで吹っ飛んでしまったのであろう。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、万物逝いて復らず、人生流転、生者必滅、色即是空!」
どうも修業の足りぬ坊主と見えて、しどろもどろの念仏を唱えているところを、佐助は宙に浮いたまま鉄扇でしたたか敲くと、
「参った!」
佐助はドロドロと姿を現わして、
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