「失礼仕った!」
「やや、こ奴!」
「あはは……。お手前の眼から出た火で、薬鑵頭の湯気が煮え立っておるところを見れば、茶の用意も整ったと見えた。――どれ、茶漬けの馳走にあずかりましょうかな」

 宝蔵院漬けの茶漬けに味をしめた佐助は、その日の昼食を、奈良から一足飛びに飛んだ京の都、今出川畔、当時洛中に噂の高い、その名も富田無敵《とんだむてき》という男の道場で、したためた。
 晩飯は同じく四条、元室町出仕の吉岡憲法の道場、翌日の朝飯は百万遍、舎利無二斎《しゃりむにさい》の道場と洛中の道場を一つ余さず食べつくした挙句、やがて京の都を今日(京)を限りに大坂へ現われた時に既にアバタの茶漬け侍の威名は、その醜いアバタ面の噂と共に、大坂中に鳴り響いていた。
 大坂の道場もまた、佐助の忍術の前には赤子同然であった。
 その赤子の手を軽くねじった佐助の足は、やがて、須磨、明石、姫路、岡山へと中国筋に伸びて、遂に九州の南の端にも及び、琉球の唐手術も佐助の前には、脆かった。
 佐助の自尊心は、ここに到って、アバタのひけ目を補って余りあるくらい満足され、
「天下ひろしといえども、この俺より強い者に一人も出会
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