五右衛門は、腹が立つやら、情けないやら、熱いやら、痛いやら、まるで精神状態が目茶苦茶にみだれてしまったが、しかし、この男は元来が虚栄心で固めて日本一の大泥棒になったくらいの男であったから、さすがに燃え残りの自尊心を取り戻して、
「やいやい、野郎共、何を笑うておる。何がおかしい、親分の俺が大火傷をしたのが、そんなにおかしいか。莫迦め、こりゃ火傷じゃないわい。先頃から肩が凝ってならんから、わざと灸を据えてみたまでじゃ。何がおかしい。ああ、熱い熱い、痛い痛い。莫迦め! 莫迦野郎[#底本では「莫迦郎野」と誤植]! ああ、熱い、よく効く灸じゃ。ああ、熱い!」
 と、妙なことを口走って、子分共を叱り飛ばした。
 すると、手ふいごの風之助という、吹けば飛ぶようなひょうきんな男が、
「親分、肩の凝りなら、灸よりも蛭《ひる》に血を吸わせた方が効きますぜ」
「いや、蛭よりも鼠の黒焼きを耳かきに一杯と、焼明礬をまぜて、貼りつけた方が……」
 そう言ったのは、膳所《ぜぜ》の十六である。
「やいやい、野郎共、何をあらぬことをぬかしておる」
 と、五右衛門はカンカンになりながら、ひょいと見ると、猫真似の闇右衛門と
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