変じて、あれよあれよという間に、あたり一面火の海と化し甲賀流火遁の術であった。
 炎はみるみる蟇の背に乗りうつった。蟇は驚いて飛び上り、
「あッ!熱ウ、熱ウ!」
 と、情けない人間の声をだしながら、苦悶の油汗を、タラリタラリと絞り落した。
 が、五右衛門もさる者であったから、いつまでも蟇の我慢という洒落に、甘んじていず、再び「南無さつたるま、ふんだりぎや、守護しょうでん、はらいそはらいそ……」
 と、必死の呪文を唱えたかと思うと、沛然と雨を降らした。火遁の術を防ぐ水遁の術である。
 ところが案に相違して火はますます熾んに燃え、蟇の苦悶は増すばかりであったから、さすがの五右衛門も、
「助けてくれ、あッ、熱ウ、熱ウ!」
 と恥も見栄も忘れたあらぬ言葉を、口走った。
 実は蟇の身体より流れる油に燃えうつった火が、五右衛門の降らした水を得て、かえって勢いを増したのであった。
 これこそ、佐助の思う壺《つぼ》であった。五右衛門の奴め、わが術中に陥ったとは、笑止笑止と、佐助は得意満面の、いやみな声を出して、
「やよ、五右衛門、その水遁の術、薮をつついて、蛇を出したぞ。重ねた悪事の報いに、やがては、
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