う世の習い、習わぬ経を門前の、小僧に聴かれた上からは、覚えた経(今日)が飛鳥《あすか》(明日か)の流れ、三途の川へ引導代り、その首貰った、覚悟しろ!」
そう言い終ると、五右衛門は仔細ありげに十字を切って、
「――南無さつたるま、ふんだりぎや、守護しょうでん、はらいそはらいそ……」
と、おかしげな呪文を唱えたので、佐助は危く噴きだしかけたが、辛うじて堪えた。
ところが、呪文が終った途端、五右衛門の身体はいきなりぱっと消え失せたかと思うと、一匹の大蟇がドロドロと現われたので、佐助はついに堪え切れず、大笑いに笑った。
「あはは……。バテレンもどきの呪文を唱えたかと思えば、罷り出でたる大蟇一匹。児来也ばりの、伊賀流妖魔の術とは、ても貧弱よな、笑止よな。そっちが伊賀流なら、こっちは甲賀流。蛇の道は蛇を、一匹ひねりだせば、一呑みに勝負はつくものを。したが、それでは些か芸がない。打ち見たところ、首をかしげて、何考えるか寒《かん》の蛙《かえる》の寒そうな、ちょっぴり温めてくれようか」
そう言ったかと思うと、はや佐助の五体はぱっと消え失せて、一条の煙が立ちのぼった、――と、見るより、煙は忽ち炎と
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