そして、耳をすますと、果して山門の楼上より、ひそびそと話し声が聴えて来た。
「はて、面妖な。この丑満刻に時ならぬ人の声。何? 伏見桃山、千鳥の香炉?……ふーむ、奇怪な言葉が聴えるぞ」
三町四方に蚤の飛んだ音も聴きわけるという佐助が、怪しい楼上の声を聴きつけて、そう呟いた途端、一本の手裏剣が佐助の眉間めがけて、飛んで来た。
水遁巻
南禪寺山門に立ちのぼる陰々たる妖気を見て、いきなり飛び降りた佐助が、折柄楼上より聴える、
「伏見桃山、千鳥の香炉……」
という怪しの人声を耳にした途端、一本の手裏剣が、佐助の眉間めがけて飛んで来たので、心得たりと、宙に受けとめて、うかがうと、百日かずらの怪しげな男が、いくらか洒落気のある男らしく、上方訛りの七五調をつらねながら、こう呶鳴るのが聴えた。
「時も時、草木も眠る丑満の、所もあろうにわが山門に、紛れ[#底本では「粉れ」と誤植]込んだる慮外者、熱に浮かされ夜な夜な歩く、夢遊病者か風来坊か。風の通しのちと変挺な、その脳味噌に風穴一つ、明けて口惜しい手裏剣を、眉間めがけて投げてはみたが、宙にとめられ残念至極、うぬは一体どこの何奴だ?」
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