うが、尻尾も見えず、匂いもなしに、火遁《かとん》[#底本では「かとく」とルビ]、水遁《すいとん》、木遁《もくとん》、金遁《きんとん》さては土遁《どとん》の合図もなしに、ふわりと現われ、ふわりと消える、白い雲よりなお身も軽い、白雲師匠の秘伝を受けて、受けて返すはへぼ弓、へぼ矢、返らぬとかねて思えばあずさ弓、なき面に蜂のおかしさに、つい笑ってしまったが、笑えば笑窪《えくぼ》がアバタにかくれる、信州にかくれもなきアバタ男、鷲塚の佐助とは、俺のことだ」
と、名乗ったが、なお名乗り足らぬと見えて、
「――遠からん者は音にも聴け、近くば寄って眼にも見よ。見ればアバタの旗印、顔一面にひるがえる、あきれかえるの醜男と、六十余州かくれもなき、鷲塚佐助のこの面を、とっくり拝んで置け!」
と、続けたので、さすがの三好入道も、思わず失笑しかけた。
しかし、男同志が名乗り合う厳粛な時だと、笑いを噛みしめて、
「推参なり。我こそは、信州上田の鬼小姓、笛も吹けば、法螺も吹く、吹けば飛ぶよな横紙を破った数は白妙《しらたえ》の、衣を墨に染めかえて、入道姿はかくれもなき、三好清海入道なり」
と、名乗った。
そし
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