「俗臭」が室生氏の推薦で芥川賞候補にあげられ、四作目の「放浪」は永井龍男氏の世話で「文学界」にのり、五作目の「夫婦善哉」が文芸推薦になった。
こんなことなれば、もっと早く小説を書いて置けばよかったと、現金に考えた。八年も劇を勉強して純粋戯曲論などに凝っている間に、小説を勉強して置けばよかったと、私は未だ読みもせぬ小説家の数を数えて、何か取りかえしのつかぬ気がした。けれど、八年の劇勉強はさすがに私の小説の上に影響を及さなかったわけではない。
私の戯曲がものにならなかったのは純粋戯曲理論というものをまずつくって置いて、それにあてはめて書こうとしたことも一つの原因だと思った。で、私は小説の場合、あらかじめ理論をつくってそれをあてはめるというようなことはしなかった。次に、永年科白で苦労していい加減科白に嫌気がさしていたので、小説では会話をすくなくした。なお、文楽で科白が地の文に融け合う美しさに陶然としていたので会話をなるべく地の文の中に入れて、全体のスタイルを語り物の形式に近づけた。更に言えば、戯曲の一幕はたいてい三十分か一時間を克明にうつすので時間的に窮屈極まる。そこで、小説では場面場面
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