……それに彼女は、精神と肉体を完全に遊離する術《すべ》を知っています。だから、たとえ彼女が、私はあなたのものよ、と言ったところで、それが彼女の純情だとは言えないのです。彼女は最も嫌悪する男に、たやすく身を任せたかもしれません。そしてまた、最も愛する男と無人島にいて、清らかな交際を続けて行くかもしれません。
問。判決が下れば、監獄は橋の向うにあるのだが、被告は控訴する口実を考えているか?
答。私は喜んで橋を渡って行きましょう。私はそこで静かに観音経を読みましょう。それから、心行くまで、シイカの幻を愛し続けましょう。
問。何か願い事はないか?
答。彼女に私の形見として、私の部屋にある鳩の籠を渡してやってください。それから、彼女に早くお嫁に行くようにすすめてください。彼女の幸福を遮《さえぎ》る者があったなら、私は脱獄をして、何人でも人殺しをしてやると、そう言っていたことを伝えてください。
問。もし何年かの後、出獄してきて、そして街でひょっこり、彼女が仇し男の子供を連れているのに出遇ったら、被告はどうするか。
答。私はその時、ウォタア・ロオリイ卿のように叮嚀《ていねい》にお辞儀をしようと思いま
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