被告は、女が被告以外の男を愛している事実にぶつかって、それで激したのか。
答。反対です。私は彼女が何人の恋人を持とうと、何人の男に失恋を感じようと、そんなことはかまいません。なぜならば彼女が私と会っている瞬間、彼女はいつも私を愛していたのですから。そして、瞬間以外の彼女は、彼女にとって実在しないのですから。ただ、彼女が愛している男ではなく、彼女を愛している男が、私以外にあるということが、堪えられない心の重荷なのです。
問。被告が突き落した男が、彼女を愛していたということは、どうして解ったか?
答。それは、彼がちょうど私と同じように、私が彼女を愛しているかどうかを気にしたからです。
問。彼女の貞操観念に対して被告はどういう解釈を下すか。
答。もし彼女が貞操を守るとしたら、それは善悪の批判からではなく、一種の潔癖、買いたてのハンケチを汚すまいとする気持からなのです。持っているもの[#「もの」に傍点]を壊すまいとする慾望からです。彼女にとって、貞操は一つの切子硝子《カットグラス》の菓子皿なのです。何んかの拍子に、ひょっと落して破《わ》ってしまえば、もうその破片に対して何んの未練もないのです。
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