落葉を踏む跫音《あしおと》のように、……

  君は幸《さち》あふれ、
  われは、なみだあふる。

     6

 いつもの果物屋で、彼がもう三十分も待ち呆けを喰わされていた時、電話が彼にかかってきた。
――あなた? ごめんなさい。私、今日はそっちへ行けないのよ。……どうかしたの?
――いいえ。
――だって黙ってしまって、……怒ってるの?
――今日の君の声はなんて冷たいのかしら。
――だって、雪が電線に重たく積っているんですもの。
――どこにいるの、今?
――帝劇にいるの。あなた、いらっしゃらないこと? ……この間話したあの人といっしょなのよ。紹介してあげるわ。……今晩はチァイコフスキイよ。オニエギン、……
――オニエギン?
――ええ。……来ない?
――行きます。
 その時彼は電話をとおして、低い男の笑声を聞いた。彼は受話器をかけるといきなり帽子を握った。頬っぺたをはたかれたハルレキンのような顔をして、彼は頭の中の積木細工が、不意に崩れて行くかすかな音を聞いた。

 街には雪が蒼白く積っていた。街を長く走っている電線に、無数の感情がこんがらかって軋《きし》んで行く気味の悪い響が、こ
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