かいっしょに芝居へ行こうと思ったら、髭も剃っていないの。そう言ってやったら、すました顔をして、いや一遍剃ったんですが、あなたのお化粧を待っているうちに、また伸びてしまったんですよ。どうも近代の男は、女が他の男のために化粧しているのを、ぽかんとして待っていなければならない義務があるんですからね、まったく、……って、こうなのよ。女を軽蔑することが自慢なんでしょう。軽蔑病にかかっているのよ。何んでも他のものを軽蔑しさえすれば、それで自分が偉くなったような気がするのね。近代の一番悪い世紀病にとっつかれているんだわ。今度会ったら紹介してあげるわね。
――君は、その人と結婚するつもり?
シイカは突然黙ってしまった。
――君は、その男が好きなんじゃないの?
シイカはじっと下唇を噛んでいた。一歩ごとに振動が唇に痛く響いて行った。
――え?
彼が追っかけるように訊いた。
――ええ、好きかもしれないわ。あなたは私たちの結婚式に何を送ってくださること?
突然彼女がポロポロと涙を零《こぼ》した。
彼の突き詰めた空想の糸が、そこでぽつりと切れてしまい、彼女の姿はまた、橋の向うの靄の中に消えてしまった。
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