でいやしないかと、しょっちゅうそれを向うで僻んでいるの。父は継母《はは》に気兼ねして、私の事は何んにも口に出して言わないの。継母は早く私を不幸な結婚に追いやってしまおうとしているの。そしてどんな男が私を一番不幸にするか、それはよく知っているのよ。継母は自分を苦しめた私を、私はちょっともお継母《かあ》さんを苦しめたことなんかありはしないのに、私が自分より幸福になることをひどく嫌がっているらしいの。そんなにまで人間は人間を憎しめるものかしら。……中で、私を一番不幸にしそうなのは、ある銀行家の息子なの。ヴァイオリンが上手で、困ったことに私を愛しているのよ。この間、仲人《なこうど》の人がぜひその男のヴァイオリンを聞けと言って、私に電話口で聞かせるのよ。お継母さんがどうしても聞けって言うんですもの。後でお継母さんが出て、大変けっこうですね、今、娘が大変喜んでおりました、なんて言うの。私その次に会った時、この間の軍隊行進曲《マーチ》はずいぶんよかったわね、ってそ言ってやったわ。ほんとはマスネエの逝く春を惜しむ悲歌《エレジイ》を弾いたんだったけど。皮肉っていや、そりゃ皮肉なのよ、その人は。いつだった
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