いる。後の一割でしか恋愛に力を別たれない。だから、自分たちは一人の恋人なんかを守り続けてはいられない。それに一人の恋人を守るということは、一つの偶像を作ることだ。一つの概念を作ることだ。それは主義の最大の敵だ。だから、……そんなことを言うのよ。私、何んだか、心のありかが解らないような、頼りない気がしてきて、……
――君はそんなに悩み事があるの?
――私は母が違うの。ほんとのお母さんは私が二つの時に死んでしまったの。
――え?
――私は何んとも思っていないのに、今のお継母《かあ》さんは、私がまだ三つか四つのころ、まだ意識がやっと牛乳の罎《びん》から離れたころから、もう、自分を見る眼つきの中に、限りない憎悪《にくしみ》の光が宿っているって、そう言っては父を困らしたんですって。お継母さんはこう言うのよ。つまり私を生んだ母親が、生前、自分の夫が愛情を感ずるあらゆる女性に対して懐《いだ》いていた憎悪の感情が、私の身体の中に、蒼白い潜在意識となって潜んでいて、それがまだあどけない私の瞳の底に、無意識的に、暗の中の黒猫の眼のように光っているんだ、ってそう言うのよ。私が何かにつけて、物事を僻《ひが》ん
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