袋から、コンパクトをとりだして、ひととおり顔を直すと、いきなりポンと彼の鼻のところへ白粉《おしろい》をつけたりした。
――私のお友だちにこんな女《ひと》があるのよ。靴下止めのところに、いつも銀の小鈴を結《ゆわ》えつけて、歩くたびにそれがカラカラと鳴るの。ああやっていつでも自分の存在をはっきりさせておきたいのね。女優さんなんて、皆んなそうかしら。
――君に女優さんの友だちがあるんですか?
――そりゃあるわよ。
――君は橋の向うで何をしてるの?
――そんなこと、訊かないって約束よ。
――だって、……
――私は親孝行をしてやろうかと思ってるの。
――お母さんやお父さんといっしょにいるんですか?
――いいえ。
――じゃ?
――どうだっていいじゃないの、そんなこと。
――僕と結婚して欲しいんだが。
シイカは不意に黙ってしまった。やがてまた、マズルカがリラリラと、かすかに彼女の唇を漏れてきた。
――だめですか?
――……
――え?
――おかしいわ。おかしな方ね、あんたは。
そして彼女はいつものとおり、真紅な着物の薊《あざみ》の模様が、ふっくらとした胸のところで、激しい匂いを撒き散らしながら、揺
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