ばし》の、これもやはり馬喰町三丁目にいた能登屋で、この店は凧の唸《うな》りから考えた凧が流行らなくなると、鯨屋になって、今でも鯨屋をしています。
それから東京市の街燈を請負《うけお》って、初めて設けたのは、例の吉原の金瓶大黒の松本でした。燈はランプで、底の方の拡がった葉鉄《ぶりき》の四角なのでした。また今パールとか何とかいって、白粉《おしろい》下のような美顔水《びがんすい》というような化粧の水が沢山ありますが、昔では例の式亭三馬《しきていさんば》が作った「江戸の水」があるばかりなのが、明治になって早くこの種のものを売出したのが「小町水」で、それからこれはずっと後の話ですが、小川町の翁屋という薬種屋の主人で安川という人があって、硯友社《けんゆうしゃ》の紅葉さんなんかと友人で、硯友社連中の文士芝居《ぶんししばい》に、ドロドロの火薬係をやった人でして、その化粧水をポマドンヌールと命《なづ》けていた。どういう意味か珍な名のものだ。とにかく売れたものでしたね。この翁屋の主人は、紅葉さんなんかと友人で、文墨《ぶんぼく》の交《まじわり》がある位で、ちょっと変った面白い人で、第三回の博覧会の時でした
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