ふっくり[#「ふっくり」に傍点]して、温かそうに思われたが、若し、僕に女房《かかあ》を世話してくれる者があるなら彼様《あんな》のが欲しいものだ」
 それならば大友はお正さんに恋い焦がれていたかというと、全然《まったく》、左様《そう》でない。ただ大友がその時、一寸|左様《そう》思っただけである。
 四年前、やはり秋の初であった。大友がこの温泉場に来て大東館に宿ったのは。
 避暑の客が大方帰ったので居残りの者は我儘放題、女中の手もすい[#「すい」に傍点]たので或夕《あるゆうべ》、大友は宿の娘のお正《しょう》を占領して飲んでいたが、初めは戯談のほれたはれた[#「ほれたはれた」に傍点]問題が、次第に本物になって、大友は遂にその時から三年前の失恋談をはじめた。女中なら「御馳走様」位でお止《やめ》になるところが、お正は本気で聞いている、大友は無論真剣に話している。
「それほどまでに二人が艱難辛苦してやッと結婚して、一緒になったかと思うと間もなく、ポカンと僕を捨てて逃げ出して了ったのです」
「まア痛《ひど》いこと! それで貴下《あなた》はどうなさいました。」とお正の眼は最早《もう》潤んでいる。
「女
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