恋を恋する人
国木田独歩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)秋の初《はじめ》の空は

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)朝田|様《さん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)つかまえ[#「つかまえ」に傍点]て
−−

     一

 秋の初《はじめ》の空は一片の雲もなく晴《はれ》て、佳《い》い景色《けしき》である。青年《わかもの》二人は日光の直射を松の大木の蔭によけて、山芝の上に寝転んで、一人は遠く相模灘を眺め、一人は読書している。場所は伊豆と相模の国境にある某《なにがし》温泉である。
 渓流《たにがわ》の音が遠く聞ゆるけれど、二人の耳には入らない。甲《ひとり》の心は書中《しょちゅう》に奪われ、乙《ひとり》は何事か深く思考《おもい》に沈んでいる。
 暫時《しばらく》すると、甲《ひとり》は書籍《ほん》を草の上に投げ出して、伸《のび》をして、大欠《おおあくび》をして、
「最早《もう》宿へ帰ろうか。」
「うん」と応《こたえ》たぎり、乙《ひとり》は見向きもしない。すると甲《ひとり》は巻煙草を出して、
「オイ君、
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