燐寸を借せ。」
「うん」と出してやる、そして自分も煙草を出して、甲乙《ふたり》共《とも》、のどかに喫煙《す》いだした。
「君はどう思う、縁とは何ぞやと言われたら?」
 と思考《おもい》に沈んでいた乙《ひとり》が静かに問うた。
「左様《そう》サね、僕は忘れて了った。……何とか言ったッけ。」と甲《ひとり》は書籍《ほん》を拾い上げて、何気《なにげ》なく答える。
 乙《ひとり》は其《それ》を横目で見て、
「まさか水力電気論の中《うち》には説明してあるまいよ。」
「無いとも限らん。」
「あるなら、その内捜して置いてくれ給え。」
「よろしい。」
 甲乙《ふたり》は無言で煙草を喫っている。甲《ひとり》は書籍《ほん》を拈繰《ひねく》って故意《わざ》と何か捜している風を見せていたが、
「有ったよ。」
「ふん。」
「真実《ほんと》に有ったよ。」
「教えてくれ給え。」
「実はやッと思い出したのだ。円とは……何だッたけナ……円とは無限に多数なる正多角形とか何とか言ッたッけ。」と、真面目である。
「馬鹿!」
「何《な》んで?」
「大馬鹿!」
「君よりは少しばかり多智《りこう》な積りでいたが。」
「僕の聞いたのは
前へ 次へ
全21ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング