其《その》円じゃアないんだ。縁だ。」
「だから円だろう。」
「イヤこれは僕が悪かった、君に向って発すべき問ではなかったかも知れない。まア静かに聞き給え、僕の問うたのは……」
「最も活動する自然力を支配する人間は最も冷静だから安心し給え。」
「豪《えら》いよ。」
「勿論! そこで君のいう所のエンとは?」
「帰ろうじゃアないか。帰宿《かえ》って夕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」
「サア帰ろう!」と甲《ひとり》は水力電気論を懐中《ふところ》に押《おし》こんだ。
 かくて仲善き甲乙《ふたり》の青年《わかもの》は、名ばかり公園の丘を下りて温泉宿へ帰る。日は西に傾いて渓《たに》の東の山々は目映《まば》ゆきばかり輝いている。まだ炎熱《あつ》いので甲乙《ふたり》は閉口しながら渓流《たにがわ》に沿うた道を上流《うえ》の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にして腰をかけ、品物を手にして店の女主人の談話《はな》しているのを見た。見て行き過ぎると、甲《ひとり》が、
「今あの店にいたのは大友君じゃアなかッたか?」
「僕も、そんな気がした。」
「後姿が似ていた、確かに大友だ。」
「大友な
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