ら宿は大東館だ」
「何故?」
「僕が大東館を撰んだのは大友君からはなしを聞いたのだもの。」
「それは面白い。」
「きっと面白い。」
 と話しながら石の門を入ると、庭樹の間から見える縁先に十四五の少女《おとめ》が立っていて、甲乙《ふたり》の姿を見るや、
「神崎様! 朝田様! 一寸来て御覧なさいよ。面白い物がありますから。早く来て御覧なさいよ!」と叫ぶ。
「また蛇が蛙を呑むのじゃアありませんか。」と「水力電気論」を懐にして神崎乙彦が笑いながら庭樹を右に左に避《よ》けて縁先の方へ廻る。少女《おとめ》の室《へや》の隣室《となり》が二人の室なのである。朝田は玄関口へ廻る。
「ほら妙なものでしょう。」と少女の指さす方を見ても別に何も見当らない。神崎はきょろきょろしながら、
「春子さん、何物《なんに》も無いじアありませんか。」
「ほら其処に妙な物が。……貴様《あなた》お眼が悪いのねエ」
「どれです。」
「百日紅《さるすべり》の根に丸い石があるでしょう。」
「あれが如何《どう》したのです。」
「妙でしょう。」
「何故でしょう。」といいながら新工学士神崎は石を拾って不思議そうに眺める。朝田はこの時既に座
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