に捨てられる男は意気地なしだとの、今では、人の噂も理会《わか》りますが、その時の僕は左《さ》まで世にすれ[#「すれ」に傍点]ていなかったのです。ただ夢中です、身も世もあられぬ悲嘆《かなし》さを堪え忍びながら如何《いか》にもして前《もと》の通りに為《し》たいと、恥も外聞もかまわず、出来るだけのことをしたものです。」
「それで駄目なんですか。」
「無論です。」
「まア、」とお正《しょう》は眼に涙を一ぱい含ませている。
「僕が夢中になるだけ、先方《むこう》は益々《ますます》冷て了《しま》う。終《しま》いには僕を見るもイヤだという風になったのです。」そして大友は種々と詳細《こまか》い談話《はなし》をして、自分がどれほどその女から侮辱せられたかを語った。そして彼自身も今更想い起して感慨に堪えぬ様《さま》であった。
「さぞ憎らしかッたでしょうねエ、」
「否《いいえ》、憎らしいとその時思うことが出来るなら左《さ》まで苦しくは無いのです。ただ悲嘆《かなし》かったのです。」
お正《しょう》の両頬には何時《いつ》しか涙が静かに流れている。
「今は如何なに思っておいでです」とお正《しょう》は声をふるわして
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