な景色に包まれて同じように寄添うて歩きながらも、別に言うべき事がない。却ってお正は種々の事を話しかける。
「貴下いつかの晩も此様《こんな》でしたね。」
「貴下|彼晩《あのばん》のことを憶えていらっして?」
「憶えていますとも。」
「私はね、何もかも全然《すっかり》憶えていて、貴下の被仰《おっしゃ》った事も皆な覚えていますの。」
「僕もそうです。そして今一度貴女に会いたいとばかり思っていました。今度も実はその積りで来たのです。無論|何家《どっか》へ嫁《かたず》いていて会える筈は無かろうとは思いましたが、それでも若しかと思いましてね……」
「私も今一度で可《い》いから是非お目にかかりたいと思いつづけては、彼晩《あのばん》の事を思い出して何度泣いたか知れません、……ほんとにお嫁になど行かないで兄さんや姉さんを手伝った方が如何《どん》なに可《よ》かったか今では真実《ほんと》に後悔していますのよ。」
 大友は初めてお正が自分を恋していたのを知った、そして自分がお正に会いたいと思うのと、お正が自分に会いたいと願うのとは意味が違うと感じた。自分はお正の恋人であるがお正は自分の恋人でない、ただ自分の恋
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