しょう》には最早、彼《あ》の事に就いては一言も言わず、お給仕ごとに楽しく四方山の話をして、大友は帰京したのである。
爾来《じらい》、四年、大友の恋の傷は癒え、恋人の姿は彼の心から消え去せて了ったけれども、お正《しょう》には如何《どう》かして今一度、縁あらば会いたいものだと願っていたのである。
そして来て見ると、兼ねて期したる事とは言え、さてお正《しょう》は既にいないので、大いに失望した上に、お正《しょう》の身の上の不幸を箱根細工の店で聞かされたので、不快に堪えず、流れを泝《さかのぼ》って渓《たに》の奥まで一人で散歩して見たが少しも面白くない、気は塞《ふさ》ぐ一方であるから、宿に帰って、少し夕飯には時刻が早いが、酒を命じた。
三
大友は、「用があるなら呼ぶから。」と女中をしりぞけて独酌で種々の事を考えながら淋しく飲んでいると宿の娘が「これをお客様が」と差出したのは封紙《うわづつみ》のない手紙である、大友は不審に思い、開き見ると、
[#改行ごとに二字下げ]前略我等両人当所に於て君を待つこと久しとは申兼候え共、本日御投宿と聞いて愉快に堪えず、女中に命じて膳部を弊室《へいし
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