《いつし》か寄添うて歩みながらも言葉一ツ交さないでいたが、川村の連中が遠く離れて森の彼方で声がする頃になると、
「真実《ほんと》に貴下《あなた》はお可哀そうですねエ」と、突然お正《しょう》は頭《かしら》を垂れたまま言った。
「お正《しょう》さん、お正さん?」
「ハイ」とお正《しょう》は顔を上げた。雙眼《そうがん》涙を含める蒼ざめた顔を月はまともに照らす。
「僕はね、若し彼女《あのおんな》がお正《しょう》さんのように柔和《やさし》い人であったら、こんな不幸な男にはならなかったと思います。」
「そんな事は、」とお正はうつむいた、そして二人は人家から離れた、礫《いし》の多い凸凹道を、静かに歩んでいる。
「否《いいえ》、僕は真実《ほんと》に左様《そう》思います、何故《なぜ》彼女がお正《しょう》さんと同じ人で無かったかと思います。」
 お正《しょう》は、そっと大友の顔を見上げた。大友は月影に霞む流れの末を見つめていた。
 それから二人は暫時《しばら》く無言で歩いていると先へ行った川村の連中が、がやがやと騒ぎながら帰って来たので、一緒に連れ立って宿に帰った。其後三四日大友は滞留していたけれどお正《
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