かもの》の後ろ影をじっと見送って、そして阿蘇の噴煙を見あげた。「忘れ得ぬ人々」の一人はすなわちこの壮漢《わかもの》である。
『その次は四国の三津が浜に一泊して汽船|便《びん》を待った時のことであった。夏の初めと記憶しているが僕は朝早く旅宿《やど》を出て汽船の来るのは午後と聞いたのでこの港の浜や町を散歩した。奥に松山を控えているだけこの港の繁盛《はんじょう》は格別で、分けても朝は魚市《うおいち》が立つので魚市場の近傍の雑踏は非常なものであった。大空は名残《なごり》なく晴れて朝日|麗《うらら》かに輝き、光る物には反射を与え、色あるものには光を添えて雑踏の光景をさらに殷々《にぎにぎ》しくしていた。叫ぶもの呼ぶもの、笑声|嬉々《きき》としてここに起これば、歓呼|怒罵《どば》乱れてかしこにわくというありさまで、売るもの買うもの、老若男女《ろうにゃくなんにょ》、いずれも忙しそうにおもしろそうにうれしそうに、駆けたり追ったりしている。露店《ろてん》が並んで立ち食いの客を待っている。売っている品《もの》は言わずもがなで、食ってる人は大概|船頭《せんどう》船方《ふなかた》の類《たぐい》にきまっている。鯛
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