忘れえぬ人々
国木田独歩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)多摩川《たまがわ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二口三口|襖越《ふすまご》しの

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あいそ[#「あいそ」に傍点]
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 多摩川《たまがわ》の二子《ふたこ》の渡しをわたって少しばかり行くと溝口《みぞのくち》という宿場がある。その中ほどに亀屋《かめや》という旅人宿《はたごや》がある。ちょうど三月の初めのころであった、この日は大空かき曇り北風強く吹いて、さなきだにさびしいこの町が一段と物さびしい陰鬱《いんうつ》な寒そうな光景を呈していた。昨日《きのう》降った雪がまだ残っていて高低定まらぬ茅屋根《わらやね》の南の軒先からは雨滴《あまだれ》が風に吹かれて舞うて落ちている。草鞋《わらじ》の足痕《あしあと》にたまった泥水にすら寒そうな漣《さざなみ》が立っている。日が暮れると間もなく大概の店は戸を閉《し》めてしまった。闇《くら》い一筋町《ひとすじまち》がひっそりとしてしまった。旅人宿《はたごや》だけに亀屋の店の障子《しょうじ》に
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