は燈火《あかり》が明《あか》く射《さ》していたが、今宵《こよい》は客もあまりないと見えて内もひっそりとして、おりおり雁頸《がんくび》の太そうな煙管《きせる》で火鉢《ひばち》の縁《ふち》をたたく音がするばかりである。
突然《だしぬけ》に障子をあけて一人《ひとり》の男がのっそり入《はい》ッて来た。長火鉢に寄っかかッて胸算用《むなさんよう》に余念もなかった主人《あるじ》が驚いてこちらを向く暇もなく、広い土間《どま》を三歩《みあし》ばかりに大股《おおまた》に歩いて、主人《あるじ》の鼻先に突ったッた男は年ごろ三十にはまだ二ツ三ツ足らざるべく、洋服、脚絆《きゃはん》、草鞋《わらじ》の旅装《なり》で鳥打ち帽をかぶり、右の手に蝙蝠傘《こうもり》を携え、左に小さな革包《かばん》を持ってそれをわきに抱いていた。
『一晩厄介になりたい。』
主人《あるじ》は客の風采《みなり》を視《み》ていてまだ何とも言わない、その時奥で手の鳴る音がした。
『六番でお手が鳴るよ。』
ほえるような声で主人《あるじ》は叫んだ。
『どちらさまでございます。』
主人《あるじ》は火鉢に寄っかかったままで問うた。客は肩をそびやかし
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